またもや大量の日記更新、いよいよ年末も近い。
今日は、つくば学園都市に日帰り出張していたので、疲れた。
戸田さんの出張ほどではないが。
2004年1月アーカイブ
トップページをようやく更新。
「ラブコラージュと屋上のバンド」 近所のレコード屋さん(もちろん売ってるのはCDだけど、いかにもそんな感じのお店)に取り寄せ注文したら、初回プレスに間に合わなかったということで、ずいぶん入手に時間がかかってしまった。ようやくジャケットをスキャンしてアップ。まさじさんからも催促のメールが来ていたので、ひとまずほっとした。
最近、戸田さんが何故か勢いづいている。(笑)
まだ去年の日記だけど、近いうちに追いつきそうだ。
ところで、昨日は神戸の震災の日で、例年通り、私の頭上を何台ものヘリコプターがホバリングして行った。
あの日から9年。長いような短いような、でも確実に変わっていった日々でした。
http://www.rengo.net/atsuo/hisainikki/17jan1995.html
珍しく即日更新。
このエッセイの話は、ここの読者の方なら、以前日記で読んでいるはず。
しかし、日本は今冬で寒いので、南国の島の話は単純に羨ましい。
私の方は本業がやや忙しくなってきた。
先週から、メールで送られてきていた戸田さんのエッセイ画像と日記原稿をアップした。
原稿以外にこのBlogの更新が止まっているという指摘のメールも貰った。
そんなんで、書くぞ。(笑)
エッセイの方に出ていた、子供の質問魔の話について
私の経験では、子供がこのように親を質問責めにする時期というのは限られていて、
思えばむしろ、いとおしい感じがする。
私も家内も、娘のどんな質問にもできるだけ丁寧に答えたし、分からないことは分からないと言うようにした。それはそれで楽しかった。
下の息子は、言葉が遅かったが、しゃべられるようになってからも、あまり子供の質問らしい質問をしないままだった。
後日そのことについて彼に聞いてみたことがある。それによると言葉が話せないときも家族の話していることは理解していて、しかもよく覚えていたらしい。姉が両親にした質問とその答えを横で全部聞いていたので、自分は何も聞く必要が無かったという。
子育てもそれなりに報われることがあるものだ。
